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広島高等裁判所松江支部 昭和36年(う)7号 判決

控訴人 被告人 稲田重義 外一名

弁護人 中山淳太郎

検察官 香山静郎

主文

原判決を破棄する。

被告人両名はいずれも無罪。

理由

被告人両名の弁護人中山淳太郎の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

弁護人の事実誤認の論旨について。

記録によれば原判決は、その挙示の証拠により「申請人藤原徳富外二名被申請人川上義徳間の鳥取地方裁判所昭和三五年(ヨ)第二八号土地立入並びに立木伐採禁止仮処分決定正本に基く申請人藤原徳富外二名の代理人弁護士花房多喜雄の委任により、同裁判所執行吏佐藤義信が昭和三五年八月四日鳥取県八頭郡八東町大字佐崎字西ケ谷四二四番の七六所在原野五畝(現況山林)上に生立する目通り周囲約二尺乃至三尺の杉立木約五〇本に対する被申請人川上義徳の占有を解いて執行吏の占有保管に移し、公示札を設置し縄張を施していたところ、被告人稲田重義は、同月二七日頃同所において右公示札及び縄張の存在を認識し趣旨を知悉しながら、右縄張内に生立する目通り約二尺乃至三尺の杉立木四本を人夫に伐採させ、次いで被告人稲田重義同吉岡徳義は共謀の上、翌二八日頃同所において前同様公示札及び縄張の存在を認識し趣旨を知悉しながら、右縄張内に生立する目通り約二尺乃至三尺の杉立木一本を人夫に伐採させ、以て右執行吏の施した差押の標示を無効ならしめたものである」旨認定し、被告人両名の判示所為は刑法第九六条罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号に該当(被告人稲田重義の所為は包括一罪、なお被告人両名共謀の点につき刑法第六〇条を適用)するものとし、所定刑中いずれも懲役刑を選択の上被告人稲田重義を懲役一年に、同吉岡徳義を懲役一〇月にそれぞれ処したものであることが認め得られる。

よつてその当否について審究するに、原判決挙示の、執行委任書の写、仮処分決定正本の写、仮処分執行調書謄本(証第一号)、並びに当審における証人佐藤義信に対する証人尋問調書の記載を綜合すると、申請人藤原源五郎、同藤原豊治、同藤原徳富、同小畑竹治、被申請人川上義徳間の鳥取地方裁判所昭和三五年(ヨ)第二八号土地立入並びに立木伐採禁止仮処分命令申請事件につき、同裁判所は昭和三五年八月三日「一、被申請人川上義徳は、申請人藤原源五郎同藤原豊治同藤原徳富の共有に係る鳥取県八頭郡八東町大字佐崎字西ケ谷四二四番七六原野五畝歩(現況山林)、申請人藤原源五郎所有に係る同所四二四番八七原野一反七畝二歩(現況山林)、申請人小畑竹治所有の同所四二四番一七原野二畝歩(現況山林)同所四二四番七一原野一反五畝歩(現況山林)に立入り、同山林上に生育している杉立木を伐採してはならない。二、前記四二四番七六原野五畝歩上に生育している目通り周囲約二尺より三尺位迄の杉立木約五〇本、並びに前記四二四番一七原野二畝歩、四二四番七一原野一反五畝歩上に生育している目通り周囲約二尺より四尺五寸位迄の杉立木約二〇〇本に対する被申請人川上義徳の占有を解き、申請人等の委任する鳥取地方裁判所執行吏をしてこれを保管せしめる。三、右執行吏は前記命令の執行並びに公示につき適当の方法を執らなければならない。」旨の仮処分決定をなしたこと。右申請人等代理人弁護士花房多喜雄が同日鳥取地方裁判所執行吏に対し、前記仮処分決定正本に基く執行委任をしたこと。同裁判所執行吏佐藤義信が同月四日前記仮処分執行のため、右申請人藤原豊治同小畑竹治の案内により仮処分目的土地現場に臨み右仮処分の執行として、藤原豊治、小畑竹治が仮処分の目的として指示するところに従い、申請人藤原源五郎、同藤原豊治、同藤原徳富共有の前記四二四番七六原野五畝歩と、申請人小畑竹治所有の前記四二四番一七原野二畝歩及び四二四番七一原野一反五畝歩を一括した全地域の周囲に縄張を施し、且つ右縄張地域外の附近二ケ所に仮処分執行調書謄本(証第一号)に記載の如き公示札を掲げたこと、右四二四番七六原野五畝歩上に生立する目通り周囲約二尺より三尺位迄の杉立木五〇本につき目印をつける等これを特定する等のことはせず何本あるやを数えてもみなかつたこと、がそれぞれ認められるのである。そして当審における証人有本進に対する証人尋問調書の記載、仮処分点検調書(昭和三六年八月一日付の分)謄本、執行吏米沢佐武郎作成の証明書、小畑竹治作成の証明書、坂尾正己作成の証明書を綜合すると、前記仮処分執行当時右四二四番七六地上には目通り周囲二尺乃至三尺の杉立木は少くとも一二八本以上生育していたことが明らかである。

以上認定事実によれば、鳥取地方裁判所執行吏佐藤義信は、申請人藤原源五郎、同藤原豊治、同藤原徳富の共有に係る前記西ケ谷四二四番七六原野五畝歩上に生育している目通り周囲約二尺より三尺位迄の杉立木約五〇本に対する被申請人川上義徳の占有を解き、執行吏をしてこれを保管せしめる旨の本件仮処分決定の執行について、同地上には目通り周囲二尺乃至三尺の杉立木は少くとも一二八本以上存在するに拘らず、そのいずれ五〇本を執行吏の保管に移したかにつき何等特定することなきは勿論、右杉立木の生立する地盤たる前記四二四番七六原野五畝歩の地域についてもこれを明確にせず、単に右地域とこれに接する申請人小畑竹治の申請に基く仮処分土地である同人所有の同所四二四番一七原野二畝歩及び四二四番七一原野一反五畝歩を一括した全地域の周囲に縄張を施し、その附近に前記公示札を掲げたに過ぎないことが明らかである。ところで、およそ仮処分の執行として被申請人の占有を解きこれを現状の侭その場所において執行吏が保管する場合においては、その目的物を明確にし、これが占有移転の事実を明らかにしなければならないことは当然であり、然らざれば仮処分の執行は不適法にして占有移転の効力を生じないものといわなければならないところ、本件においては前記のとおり仮処分目的物の特定明確を欠ぎ、いずれの杉立木を執行吏の占有に移したかが明らかでないのであるから、右の部分の仮処分の執行は不適法でその効力を生じないものというべきである。原判決は、本件四二四番七六原野五畝歩上に生育する目通り周囲約二尺より三尺位迄の杉立木約五〇本というのは同地上に生育する目通り周囲約二尺より三尺位迄の杉立木中五〇本に制限するという趣旨ではなく、同地上に生育する該当の杉立木全部が仮処分の目的物であつて、約五〇本というのはその全部が約五〇本存在するという一応の目算を表示したに過ぎないものと解釈しているけれども、かかる解釈は、仮処分決定主文の文言より遊離すること甚しく、殊に該当の杉立木一二八本以上存在する本件の場合においては、不当な解釈といわなければならない。而して刑法第九六条に所謂差押とは公務員がその職務上保管すべきものを自己の占有に移す強制処分をいうものであるところ叙上の如く本件仮処分の執行によつては執行吏の占有に移つた杉立木が明確でなく占有移転の効力がないものというべきであるから、たとえ該地上の杉立木を伐採したとしても、それは執行吏の施した差押の標示を無効ならしめたものということはできない。そうだとすると、被告人稲田重義、同吉岡徳義が原判示の如く該当杉立木を伐採した事実は原判決挙示の証拠によりこれを認めることができるけれども、それは原判示の如き犯罪を構成しないものといわなければならない。従つて原判決がこれを執行吏の施した差押の標示を無効ならしめたものとし、これに対し刑法第九六条を適用して有罪の判決をしたのは事実を誤認し法令の解釈適用を誤つたものというべく、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて弁護人の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により更に判決する。

本件公訴事実は、

第一、被告人稲田重義は、申請人藤原徳富外二名の委任を受けた執行吏佐藤義信が鳥取地方裁判所昭和三五年(ヨ)第二八号仮処分決定正本に基き、同年八月四日右申請人の共同所有にかかる鳥取県八頭郡八東町大字佐崎字西ケ谷四二四番の七六所在の山林において、同所に生育する被申請人川上義徳占有の杉立木約五〇本の仮処分をなし、右杉立木を被申請人の占有を解いて執行吏佐藤義信の占有に移し、かつこれを公示するため該趣旨を記載した公示札を右立木が生育する個所に設置し、かつその周囲に縄張を施して執行したのに拘わらず同月二七日頃同所において、右仮処分にかかる杉立木五〇本中四本(時価七、四七九円相当)を伐採し、以て公務員の施した差押の標示を無効にし

第二、被告人稲田重義同吉岡徳義は共謀の上、同月二八日頃前記西ケ谷四二四番七六所在の山林において、仮処分にかかる杉立木五〇本中一本(時価二、三七六円相当)を伐採し、以て公務員の施した差押の標示を無効にし

たものであるというのであるが、前記のとおり被告人等の右所為は罪とならないので刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をなすべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 高橋文恵 裁判官 石川恭)

被告人両名の弁護人中山淳太郎の控訴趣意

一、原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある。即ち原判決は被告人稲田重義は仮処分縄張り区域は漸次全部伐採するつもりであつたと判断しておるがこれは甚だしく被告人の意図を悪質に解するものである。被告人等の警察員及び検察官に対する供述調書を見るにそのような記載はなされていない。却つて被告人稲田重義の警察員に対する供述調書中左の記載がある。この時警察の人が仮処分されているところは切つてはいけないと注意されましたので縄張り内の立木を伐採するのは中止して縄張りの外の立木を切ることにしました(記録二四八丁表)。即ち被告人稲田重義は訴外藤原源五郎等が公図も実地も無視しその所有地でない字深サコ四九四番ノ三の土地に不当なる仮処分の執行をしたことは無効であると確信し(この考え方の当否は別として)当初よりこの確信に基いて行動し警察員に対してもこれを強く主張し自己の考え方に賛同を得ようとして力説したがその制止により伐採を止めたものであつて是非に拘わらずこれを伐採しようとしたものではない。被告人吉岡徳義については仮処分の執行された立木については何人も手をかけてはならないことは知つていたので伐採に踏切ることをためらつたが稲田の確信に従つて行つたとの旨を警察員及び検察官に対する供述調書中に述べている。

二、右の如く被告人稲田重義が仮処分の執行は無効であると確信したことは本件仮処分の執行が余りにも不当であることによるものでありこの確信は原判決の云うが如く法の不知に帰するものであるとしても情状の上に十分斟酌せらるべきものである。然るに原判決が茲に出でずその上検察官の求刑は稲田については懲役六月、吉岡については懲役四月であるところその倍又は倍を超える懲役一年又は懲役十月の実刑に処したのは極めて異例でありそうせねばならぬ程の特段の事由のない本件においては著しく刑の量定が不当である。即ち検察官提出の昭和三十五年五月十八日付高橋晴子作成の領収書に添付の図面(証第  号)は弁護人提出の八東町長作成の公図(弁第二号)と一致するもので字深サコ四九四の三の土地の西南境界は一直線をなしておることが明らかである。右一直線は顕著なる尾形を形成しておるものでありこの尾根の西南側は字西ケ谷であり高きより低きに順次四二四ノ九二(藤原所有)、四二四ノ九一(尾崎所有)、四二四ノ七五(坂尾所有)、四二四ノ七四(尾崎所有)、四二四ノ七一(小畑所有)が相並び仮処分申請人藤原源五郎外二名が自己の共有地であると主張する本件字西ケ谷四二四番ノ七六の土地は右四二四ノ七五(坂尾所有)の西南に接して所在するものであり断じてその東北側に存在するものではないことが弁護人提出の八東町長作成の公図(弁第三号)により極めて明らかである。同一の字内の隣地の境界ならば兎も角として字深サコと字西ケ谷を区劃する明瞭なる尾根が存在するにも拘わらず(弁護人提出の写真弁三号)この尾根を反対側に坂尾所有地をとびこえて字深サコ内に侵入し本件字西ケ谷四二四ノ七六の土地をはめ込むような違法な仮処分を受けて被告人等が憤慨すると共にこれを無効であると考えたことも素人としてはさけられないところである。原審において検察官は被告人等を目して公図をたてにしこれを利用し巨利をむさぼる山林暴力団であるとして又証人又は被告人訊問中苛烈な語調を敢てしたが仮処分申請人等こそ甚だしい虚構を設けて裁判所に不実を申告し仮処分命令を得たものであり濫りに公権力を利用したものと云うべきである。然し被告人等の所為は結局公権力を無視しようとしたものではなく仮処分申請人等の違法の処置に憤慨し併せて法知識の乏しさと単純な性知から来る性急さが加わり本件所為に出たものであり行為後において法律上の考え方を教えられるに及び深みに陥つてしまつた自己の立場に改恨の情を禁じ得ざる状態である。かかる被告人等に対し求刑よりもはるかに重い刑を科ししかも実刑に処するが如きは情状を顧慮しない不当の判決である。

三、本件仮処分の執行は場所を著しく異にする不当のものであること前述のとおりであるがこれも亦仮処分の執行としては有効であるとするも仮処分により保護せられた立木は目通り周囲約二尺乃至三尺の杉立木約五十本であるが実際には建築用材としては百本を超えるものである(被告人等の警察員、検察官に対する供述調書、公判廷における供述)から右約五十本以外について仮処分の効力は及ばないと考えたものであるがこれについての原判決の判断は不当である。特に公訴事実第一の四本及び第二の一本については大きさが表示してないからこの立木が右周囲約二尺乃至三尺に該当しないことも考えられる。被告人等は右約五十本と云えば六十本位も残しておけばあとは伐つても違法にはならないと考えたものであるから仮にこれが無罪にならないとするもこのように正解困難な仮処分の執行は執行自体に手落ちがあるにも拘わらずこの責を全部被告人にかぶせることは酷である。本件公訴事実には前記のとおり伐採した木の大きさが不明であり又証拠書類と対比するに果してどの木を指すか不明であるので原判決は適当ではない。

四、前記各項の論旨が認容されないとするも被告人等は貧困でありその家族は一に被告人等の稼働により生活しつつある状態でありもしこれが実刑に処せられるが如きことあれば家族は生活苦に喘がねばならない。被告人等は前科はあるがさして取立てる程のものではなく世にあり勝な山林業者ではなく真面目に生活しているものである。是等の点を斟酌し寛刑(懲役刑の場合は執行猶予)を以て臨まれんことを懇請する。

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